本を古本屋さんに売るなら少しでも高額買取りな店に

古本屋さんというのは古い本を安く買える場所ではありますが、買うだけではなく買ってもらうということもできる場所です。要は自分が持っている本を買い取ってくれることがあるのです。本は捨ててしまえばそれまでですが、古本屋さんに持っていけばお金にかわることもあるのです。無論、あまりに汚れていたりすると売れないということもあるのですが、そのようなケースをのぞけば売れることも多いと思いますので、まずは持っていってみましょう。ただし、どのようなところでもいいわけではありません。古本にいくらぐらいの値段がつくのかということは相手の価値観次第です。そのジャンルにあまり興味がない古本屋さんでは二束三文にしかならないものであっても、他の古本屋さんでそのジャンルに対しておおいに興味がある場合には高額で買取をおこなってくれることもあるかもしれないのです。一冊や二冊であれば大差ないかもしれませんが、大量に持っていく場合にはかなりの値段差になるかもしれないわけですから、自分が持っていた本に対して最大限の評価をしてくれる古本屋さんを見つけるようにしましょう。大事な本ですから、どうせならそのような古本屋さんを見つけたいものです。

男だから女だからではなく小説を書くなら異性にも詳しく

当然のことですが小説家には男性の作家さんもいれば女性の作家さんもいます。また、若い人もいればお年寄りの作家さんもいます。そして、作家専業の人もいればサラリーマンとの兼務という人もいます。とにかく色々な立場の人が小説家の中にはいるわけですが、大事なことは自分は男だから女性のことが書けないとか、女だから男性のことは書けないとか、若いからお年寄りのことは書けないなどというふうに決めつけないことです。もちろん、結果的に書けないという人はたくさんいます。しかし、書けてしまうこともあるのです。たしかに女性のことを書くのであれば男性よりも女性のほうがその内面までわかっていますので詳しく書けることになるのですが、異性が書くからこそ面白いこともあるのです。そのため、自分は男性だから男性の視点からだけ作品を書いておけばいいなどというふうには決めつけないで、異性にも詳しくなっておいたほうがいいです。書ける範囲が広いほうが小説家としての可能性も広いと言えますので、そのような考え方をしてみてください。また、年齢や職業、そのほかの立場なども含めて、今の自分に縛られることなく視野を広くとって活動していくことをおすすめします。

小説を書く取材と称して好きな男性に質問しまくる

誰しも好きな人はいるでしょうが、その異性に対して色々なことを質問して聞いてみたいものの、あまりに前のめりになって聞いてしまうと好きということがバレてしまって恥ずかしいというふうに思ったり、そもそも変な人のように思われてしまいそうで、そういう行動に出られないということもあると思います。こんなとき、聞きたいことは山のようにあるのに、それをすることができないということで悶々とした日々を過ごすということになるのですが、そんなときには小説を書いているということを利用したっていいと思います。あなたが小説を書いているのが趣味ということを公言しているのであれば、その作品作りのために人からいろいろな話を聞くことはおかしいことではありませんから、そのような理由ということで聞いてしまうことができるのです。要は趣味を恋愛にも活かそうということなのですが、もしかしたら本当に小説のほうにも役立てることができるかもしれませんし、取材という名目であればかなり突っ込んだ話だってできてしまうかもしれません。そのため、そのようなことも考えてみてください。好きな人に何も聞けないままというよりは、そのほうがいいのではないでしょうか。

小説ができたら印刷した状態で何度か読んでみよう

小説を作るとき、今はほとんどの人がパソコンを使って文字を打ち込んでいくことと思いますが、これが完成したときにも画面上で確認しているという人がいますが、できることなら最終的なチェックの段階になったら印刷して読んでみるということも大事だったりします。画面上で見るのと印刷したものを見るのとでは、見え方が異なるのです。もちろん、そこに書いてあることは同じなのですが、画面の場合にはスクロールさせながら読んでいくことになるので、飛ばしてしまったりすることもありますし、飛ばさなくてもなんとなく流して読んでしまうような部分もあります。これが紙に印刷した状態となると、まったく違った見え方がして、画面上で見ていたときにはスルーしていた部分が見えてきたりということもあるのです。そのため、一度はプリントアウトすることをオススメします。毎回プリントアウトしていたのでは大変かもしれませんが、最終チェックのときにはぜひともそうしてみてください。小説を発売するとなれば読者の多くは紙ベースで見ることになりますので、そのような状況と同じ状況で自分もチェックしておくということが大事だったりしますので、ぜひそうしてみてください。

自分にないものを書くにはそれを持っている人に取材

小説を書こうと言っても自分の中にある記憶や情報だけで書いている人というのは少ないです。もちろん、長年生きていればひとつやふたつぐらいの作品ならば書けるのかもしれません。しかし、自分の中にあるものには限りがあるので、それだけを頼りに書き続けていても、やがては書けなくなります。また、自分の中にある情報を活かして書いたとしても、書いているうちに足りない情報も出てくるものですから、そのような部分を補うことも大事です。そして、そんなときにはその情報を持っている人に接触していきましょう。補う情報が欲しいならピンポイントで何かを調べたりするということでもいいのですが、たとえば作品そのものを生み出すために何かを感じたいということであれば本を読んだり人と会ったりと、とにかく闇雲におもえるようなことでもいいので、いろいろなことと接触していくようにしましょう。取材というふうに考えてしまうと重たく考えてしまうかもしれませんが、要は人と会って話をすればいいだけで、あとはそこで聞いたことを自分がどう受け止めるかということだけです。そのため、友達などでもいいのでどんどん話をしていく機会を今まで以上に設けてみてください。

読書感想文の代筆

私は文章を書く仕事をしています。だからか、親戚の子どもに読書感想文の代筆を頼まれました。きっぱりお断りしましたが、確かに読書感想文って厄介ですよね。本当に感動したときって、よっぽど文才があるとかでないと、その感動をうまく表現できなくて、もどかしい・・・なんてことは身に覚えがありますし、今でもよくあることです。文章を書く仕事をしていても、いや、そんな仕事をしているからこそ、余計そうなんですよね。なんてことを子どもに言ってもしょうがないので、その子には当たり障りのない感じで諭しておきました(笑)。が、それで思い出したのですが、私は子どもの頃、読書感想文の代筆をしたことがありました。いけない子どもでした。確か、友達に理系はむちゃくちゃ得意だけど文系がすっごく苦手という子がいて、理系の宿題を手伝ってもらう代わりに、読書感想文の代筆を頼まれたことがありました。あれって先生にばれていたような気もするのですが・・・そういえば何も言われませんでした。でも、人の代わりに書くって難しいんですよね、当たり前ですが。自分のものなら自分の責任ですが・・・人のものはいい加減には書けないし、でもあんまりその人から離れているのもだめだし。つまり最初っからやらない方が良いですね。

同人誌を作ってみた

学生時代、実は文芸部にあこがれつつも結局他の部に入った私は、実は同人誌というものに憧れていました。同人誌とひとくちに言ってもいろんなジャンルがありますが、あまり濃くないジャンルのものです。実は自分で簡単な小説なんかも書いていたのですが、発表する勇気は持てず、ぽつんぽつんとブログに載せるぐらいでした。そんな私でしたが、ひょんなことから、職場で同じような人に出会ったんです。きっかけは確か、私が何気なく書いた文章が、それ自体は小説でも何でもなかったのですが、私がブログに書いている文章と同じ色だと発見してくれたんです。すごいセンスだなと思います。で、その同僚は社会人サークルみたいなところで、何人かで集まって創作活動をしているらしくて、私のうずうずに気づいてくれたのか、その集まりに誘ってくれました。最初はちょっと尻込みしていたのですが、私の文章を見つけてくれたことの嬉しさもあって、思い切って行ってみました。そうしたら思った以上に意気投合。年に1回同人誌を出しているそうなのですが、それに私の文章も載せてもらえることになりました。こういうことって学生じゃないとできないと思っていたのですが、社会人でも全然いけるんですね。毎日がちょっと楽しくなってきています。

昔書いた小説

中学生のとき、将来の夢が小説家でした。本気でなりたいと思っていて、実際に小説を書いて、友達に読んでもらったりもしていました。付き合いで読んでくれていたのかもしれませんが、結構好評だったと思います。その後、高校、大学と進むうちに、興味の対象が変わってきて、小説家とはずいぶんちがうところに来てしまいました。そのこと自体は後悔していないし、今の仕事にはやりがいを持っています。でも、就職して4年目、少し迷いが出てくる時期なのでしょうか。最近、自分がやりたいことは何だったのか、就職したときほどの情熱を持てていないと感じることがあります。そんなとき、部屋の片付けをしていて、ふと、昔書いた小説が出てきました。今だったらパソコンを使うでしょうが、その頃はノートに手書き。まず、今とずいぶん字が違うことに驚きました。字にはその人のなりが表れると聞きますが、変わっていないと思いつつ、実は自分の性格も変化してきているもかもしれません。小説の内容は、おそらくそのときはまっていたお話の影響を受けているものだと思います。正直そんなに上手いわけではないのですが、何だか、その頃のきらきら感というか、まっすぐ感が伝わってきて、こそばゆい感じがしました。同時に、もやもやと細かいことで悩んでいる自分を、すぱっと切れた気がします。初心を振り返るというか、そんな気持ちで仕事に挑みなおしたいと思いました。

本を買うときにどこを見るか

本を買うとき、何が決定打になるでしょうか。そんなことを考えたのは、会社のMTGで何かの話題でそんなことを訊かれたからです。話題の新刊とか、ずっと追いかけている作家さんの本とか、そういう場合は動機が分かりやすいですが、そうではなくて、本屋さんでぶらぶらとしているときに「この本を買おう」となるのは、どんな理由でそれを選んでいるのでしょうか。まず、目にするのは、タイトルや帯だと思います。タイトルにも流行り廃りがありますよね。たとえば、長いタイトルが流行ると、小説もそうですし、ハウツー本なんかでも、一気に広まります。広まりすぎると段々インパクトがなくなってきますよね。タイトルを考えるのも大変だなあと思います。帯も結構おもしろいです。自分の好きな有名人が推薦していたりすると、思わず読んでみたくなります。言葉の力って短くてもすごいですね。書店ならではといえるのは、ポップだと思います。店員さんの情熱あふれる手作りポップなんかがあると、思わず想定外の買い物をしてしまうこともあります。そういえば、このポップが一番外さない気がします。もちろん売るためのものなのですが、それよりもまず、「この本が好き」感が伝わってくるからでしょうか。今日は意識して見てみようと思います。

原作を先に読むか後に読むか

今月、私の好きな俳優さんが主演をする映画が公開されます。すごく楽しみです。楽しみで迷っていることのひとつが、その映画には原作があるのですが、それを先に読むか後に読むかです。後に読むという人が多いとは思うのですが、どうでしょう。でも、もともと原作が好きな人はすでに読んでいるはずですよね。原作を読んでいなくても、あえて先に読むことで、映画との違いを考えるという楽しみ方もできますし、あるいは、あらかじめ世界観を知っておくことで、映画に入り込みやすいという利点があります。それとは別に、単に映画の公開までが待ちきれなくて、せめて原作を読むことではやる気持ちを抑えられないか、なんて思いもあります。とはいえやっぱり先の展開を知っているとおもしろさが減るのかな、なんて思いもあります。というわけで、ここ最近はずっと、本屋さんのその小説があるコーナーの前を行ったり来たり、さんざん迷っています。ぱらぱらっと立ち読みもしちゃうので、結局買った方がいいんじゃないかと思うんですが、優柔不断なんですよね。でも、映画化前に売り上げが伸びるようですし、そういえば図書館でも貸出中になっているので、公開前に原作を読んでおくという人も多いのかもしれませんね。