嬉しい本屋さんのオマケ

本屋さんが、ポイントカードを発行するようになりました。本はどこで購入しても値段が同じ、と思っていましたし、なぜか割引などとは縁遠い商品だと思っていたのです。けれども、ポイントカードを発行しているなんて、全国レベルのチェーン店に限られていますよね。個人や地方展開しているお店は、まだまだそんなシステムは導入されそうもありません。
けれども、私がよく通っている本屋さんでは表向きには言っていませんが、実はサービスがあったんです!たまたま、資料が必要で一度にたくさんの本を購入したことがありました。金額は5,000円以上となり、個人的にもこのお店でこの金額は珍しいなと思ったのです。すると、普通にお会計を済ませたあとに、「これよろしければお使いください」と渡されたものがありました。
それは、一本の蛍光ペンだったのです。特に説明は無かったのですが、どうやら購入金額に対するオマケなのかなと思いました。しおりやブックカバーではなく、あえて蛍光ペンというセンスが、私にはとても面白いものに思えて何だかうれしくなったのです。
その時には、特に蛍光ペンが必要ではありませんでした。しかし、もらったきっかけがとても印象深くて、ペンケースの中に入れてあります。

やっぱり猫がすき

親しい友人の家には、現在2匹の猫が居ます。どちらもメスで、先住猫がやってきた約2年後に新参猫が参入してきたということです。そのうち、先住猫はもともと警戒心が強く臆病な面があり、新参猫がやってきたしばらくの内は、加入させたことをつい後悔してしまうくらい強い拒否を見せておりました。しかしそこは猫同士の何かが通じあったのか、1週間もするころには2匹で寄り添いながら眠るように。今では、喧嘩に近いじゃれあいは毎日ありますが、うまく折り合いを付けて同居してくれているということです。
我が家に猫が居たとしても、他のお家の猫が気になってしまうのだろうなぁ…と、あれこれ妄想をしてしまいます。私は、ついつい月刊猫雑誌や写真集を見てしまうのです。そして、「あの子に似てる!」とか、「この子の方がかわいい!」とか、「こんな子が飼いたい!」とか、脳内でこれまでの猫歴を大いに振り返るのです。
自分でも猫バカだなぁと思うのですが、我が子を愛でるように我が猫を愛でている毎日に憧れます。ときにノラ猫の写真や動画を撮りまくり、携帯の容量いっぱいいっぱいに占拠していることもあるほどです。あまりに増えてしまったので、そのうち猫アルバムを作ろうかと考えています。
いつ見てもどんな格好をしていてもすべてがかわいくて仕方がない。小さきもの、弱きものが人間社会で身を守っていくための武器なのかもしれませんね。

テレビに映る人たち

スポーツ選手や芸能人が自叙伝のような本を出すことがありますが、一冊だけ読んだことがあります。昔から好きで応援し続けているスポーツ選手がいるのですが、その選手のことをずっと近くで見守ってきた人が出した本です。
その本の中には、私たちが知ることのなかったその選手の胸のうちや背景などが描かれており、ストイックな姿に胸が打たれ 、ますます応援したい気持ちが強くなったのでした。
改めて考えてみると、スポーツ選手も芸能人も、テレビに映るような影響力のある方は、想像以上に苦労されているんだろうなと思うのです。自分の発言の自由が制限されることもしばしばでしょうし、色んな人が色んな想像をし、勝手にイメージ化されてしまうのですから。
まして今のようにSNSの普及目覚ましい時代においては、傷付くことも多いだろうなと思います。ネット上でのトラブルや噂の独り歩きなどなど。それらに左右されたりせず、自分の世界を確立し、そこで変わらず活躍していくことはどんなに苦労されることでしょうか。
きらびやかな世界の裏には、同等に深い闇もあり、そこに身を置くことがどういうものなのか分からないからこそ様々な背景を勝手に想像してしまうのだと思います。そのたくさんのイメージにとらわれずに堂々と活躍している姿に、私たちはいつの時代も憧れを抱くのでしょう。

ハードカバーにはスピンがあった…

ときどき、本の背表紙の間に挟まっている細い紐…。しおりの代わりに使用するアレをご存じでしょうか?
専門用語ではスピンと言われています。文庫本では、だいぶ前から姿を消していて、今ではひとつの出版社でしか見ることができないようになりました。
文庫本を買うことの多い私は、スピンになじむことができずに、付属している本でも別にしおりを使用しています。とても頑丈に本に組み込まれているものですが、何だか細くて、頼りないものに見えてくるのです。読んでいる途中で、強く引っ張ったりして抜けてきたらどうしよう…。本を破損したくない…。そんな気持ちが、無意識に出てきてしまうのでした。
もちろん、実際にスピンを抜いたりしたことはありません。
小さな文庫本だからこそ、余計に思ってしまうのでしょうか。
そんな私の思いを少し変えてくれたのは、ハードカバーでした。
たまたま、図書館で手に取った機会があったのです。すると、ほとんどのハードカバーには紐が挟み込んであったのです。
しかも、分厚い本には2本も挟み込まれている場合もありました。出版社もほとんど関係ありません。表紙もしっかりしているので、ちょっと引っ張っても大丈夫そうです。
本好きを自称していましたが、まだまだ知らないことが多かったと反省しています。

タイムカプセル

小学生の頃、学年行事としてクラスの皆でタイムカプセルを埋めました。中身は、二十歳になった自分へ家族全員からの手紙、自分から自分宛ての手紙、毎日の宿題だった日記、自分で描いた絵などでした。当時のタイムカプセルを埋めようとしている皆の様子、朧気ではありますがなんとなく覚えています。男子も女子も同じような体形、声変わりもしていない男の子たち、まだ若々しい少年のような雰囲気の担任の先生。ポプラの大きな木の下に埋めたのでした。
月日が流れてタイムカプセルを開ける日、思っていた以上にたくさんのクラスメイトが集合しました。過ぎた年月通りにそれぞれ同じく歳をとっても、皆あの頃の面影が残り、心から懐かしく思いました。あの頃クラスでも人気者だった子、元気だった子がスコップを持ってタイムカプセルを掘り出しました。
祖父母からの手紙を読んだとき、思わず涙ぐんでしまいました。「あなたが二十歳になったとき、おばあちゃんは元気でいれるかな?」と書かれた文面を読み、まだ元気ではあっても色々なことに不便さを感じているであろう祖父母の姿を思い出し、なんとも胸がキュッとなるような気持ちになったのです。あの頃、何も言わずに遊びに行ってしまった私を探し回っていた祖母の姿が思い出されました。
自分からの手紙も読みましたが、幼い私が想像していたような大人に、果たして私はなれたのでしょうか。もっともっと出来ること、やらなければならないことがあるような気がしています。

自分と同世代の作家さんに興味を持ってみるとイイかも

小説を選ぶときに自分と同世代の小説家に目をつけてみると、新たな出会いもあったりします。小説家と言えば高齢なおじさんばかりをイメージしてしまいがちですが、そうでもありません。それこそ20代そこそこの小説家さんもたくさんいるのです。そして、自分と同じ世代ということになれば、価値観なども自分と近い場合が多いので、その文章に共感できることもあります。ただし、そうではないケースもあるので必ずとは言い切れませんが、なかなか良い出会いもあるものです。もちろん、相手は文章のプロなので、年齢が離れていても多くの人が共感できる文章を書いているわけですが、そうは言ってもそれぞれの特徴がありますので、あまりに自分と年齢がかけ離れている場合にはどこか他人事となってしまい、共感できなかったり、感情移入できないこともあるのです。せっかく時間をかけて小説を読んでも、そんな結果になってしまうと残念ですから、同年代の作家さんに頼ってみるのも有りだとおもいます。最近、いい感じの小説に出会えていないという場合には、この方法を真似してみてください。意外と大当たりになることがあるので、小説家さんのプロフィールを調べてみるべきと思いますよ。

一人でできる最高の趣味が読書だと思う

ひとりでできる趣味はいろいろなものがありますが、少なくとも自分の中では読書が一人趣味の中では最高峰のものだと思っています。もちろん、人によっては違うでしょうし、それぞれが自分なりの意見を持っているとは思いますが、少なくとも自分にとってはそうなんです。読書をしている間は周りで何が起こっていてもそこに集中することができます。たとえばカフェとかファミレスなどで小説を読んでいるときは、気づくと周りにたくさんのお客さんがいて、かなり騒がしいことをあとから知ることもあるのですが、小説を読んでいる間はそんなことにさえ気づかないのです。これだけ集中して何かできることを自分は他に知りません。そして、とにかく一人になりたいときには、本を開けばすぐさま一人にしてもらえますので、これ以上の趣味はないと思います。いつもひとりでいたいというほどの人間ではないのですが、一人になりたいと思うことも多々あります。そんなときに小説があってくれてよかったと心底思います。読書がなかったら、自分の人生はもっと違ったものになっていたのかもしれないと思います。たくさんの小説に囲まれて、これからも楽しい人生を歩んでいきたいと思っています。

困ったら大学へ??

「この本が欲しいんだけどどこの書店に行っても売ってない。」「大きな図書館にはあるんだけどいつも貸出中で…もう買えないのかしら」このような状況で結局欲しい本を入手できなかったことはありませんか?特に自分が欲しい本が専門的な内容を含む本であったり、そこまで専門的でなくとも古くに発行された本だったりした時によくあります。
普通書店ではよほどのベストセラーではない限り新規に発行された本以外は店頭に置かれなくなることが多いので、そうなります。そんなときはもう諦めるしかないのか。まさか諦めるのはまだ早いでしょう。まずは大学の生協図書館に行ってみるといいと思います。
大学生でなくとも大学の書店で本を購入できるの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんがもちろんできます。ただ、そこの大学生であれば受けることのできる多少の割引を受けられないということはあるかもしれません。大学の生協には、世間で売れる本というより研究もために読む本や普通に書店ではあまり売れないけど、そこの大学の教授が書いた本だから一応置いているといったケースがよくあります。またそもそも在庫の量自体がとても豊富で扱っている量がとても多いです。ですから普通の書店に売ってないような本が大学の生協には売っているというケースがよくあるのです。
また当然かもしれませんが規模に大きい大学の方が生協書店も大きく従って扱っている本の種類も多いのが普通です。そうしても探している本が見つからなかったときは最終手段としてでも大学生協書店に足を運んでみるのもアリかもしれませんね。

いろんな小説の楽しみ方

同じ作家の小説を何冊も読むようになると、もっとその作家のことについて知りたいと思うようになりますよね。その作家はどこに住んでるのかとか所帯は持っていたのかとか、あるいはほかの作家との交友関係はどうだったのかとか。
そういった作者自身の背景を知ることにより読書はより深いものになっていくだろうと思います。私は好きな作家ができるとまず徹底的にその作家の成り立ちから調べていきます。私の好きな作家は比較的古い時代の作家であることが多く今はもう亡くなっている場合も多いのでそうした場合には観光がてらにその方の墓地まで行って彼ら彼女らと会ってきます。やはり彼ら彼女らのお墓からは文豪然とした雰囲気を感じます。そうした時、霊力ってのは本当に存在するものなのかなあ、とも思ってしまいます。
好きになった小説家が海外の方であればそう簡単に墓地やゆかりの地を訪ねるといったことはできないかもしれませんが、日本人作家であれば私のように彼らに関連する様々な場所を観光も含めて訪ねてみてもいいかもしれません。小説を読むということはただ単に語られたひとつの物語を読むというだけでなく、実際にその舞台や作者のゆかりの土地などを訪れるなどという積極的な楽しみ方もあるのだと思います。

もし小説を書いて似てしまったら?

小説を読んでいて『なんかこの作品この前読んだ小説とそっくりだなあ』などと感じることはありませんか??小説や随筆など文学作品には実際にそうした現象がしばしば見られることでしょう。小説作品について考えてみますと、それは作者によるフィクションといえども少なからず作者の思想や信念が反映されています。そしてその思想や信念は作者自身がそれまでに読んだり聞いたり見たりしてきた経験(想像上の事柄も含めて)に影響されますから、作者に強く印象づけたある作品がその作者自身の作品に間接的に影響を与え、結果として二つの作品がよく似てしまうということが起こりうるのです。二つの作品があまりにも似通っていてとき『それって著作権の侵害じゃないの???』と思うこともあるかもしれません。基本的に文学作品においては、その著作権侵害の程度があまりにも甚だしい場合を除いて認められません。また著作権の保護期間も「著作者の生存期間及びその死後50年」と定められており、数理科学や社会科学モデルの著作権に比べて緩い水準となっています。かと言ってもちろん人の作品をそのまま真似して、あるいは少し加筆しただけで自らの作品として世に公表する行為は盗作となりますから、他人の作品を参考にして小説を書こう、と思った際にはその点に十分注意して執筆するとよいでしょう。