手紙というもの

捨てられないモノって、誰にでもあると思います。他の人からしてみれば、それはただのガラクタであったり紙くずだったりするかもしれないけれど、本人にとっては特別な思い入れのある大切な宝物だったりするのです。
私にも長年捨てられずにずっとしまってあるものがあります。それは、今まで貰ってきた手紙の数々です。時々引っ張り出してきて眺めていると、その頃の幼い悩みや喜びが生々しくリアルに蘇ってきて、古い記憶が鮮やかに動き出すのを感じることが出来るのです。
改めて考えてみると、社会人になってしまってから、一体どのくらい手紙を書いたことがあるでしょうか。年賀状のやり取りくらいで、他に手紙を書く機会などほとんどないのではないでしょうか。文字を書くような単純なことでさえ、昔と比べると断然少なくなってしまっています。
昔の手紙を読み返してみると、そこには様々な想いが綴られており、その文字を見ているだけで相手の顔が浮かんできます。そこで改めて文字の力を知り、手紙という媒体の存在感に何とも言えないような気持ちになるのです。いま、手紙を書くという行為から離れて しまっていることがとてももったいなくも思えてきます。私たちは少し、便利さに慣れてしまっているのかもしれません。

字幕か吹き替えか

定期的に足を運んでしまうところ。私にとってそれは、本屋さん、図書館、レンタルショップです。特にこれといって目的がなくてもフラリと立ち寄って眺めるだけで十分楽しめますし、思わぬ掘り出し物に出会うことが多々あります。DVDを観たり本を読んでいる時間が私にとっては一番の気分転換になりますし、ちょっとした贅沢だとも思えたりします。
ところでDVDを見るとき、字幕派と吹き替え派に別れますが、一体どちらが多いのでしょう。ちなみに私の場合は断然吹き替え派です。よく、俳優と声のイメージがかけ離れていて観ていて興ざめするとか、字幕で観ないとリアルじゃないなどと言う意見を耳にすることがありますが、私は吹き替えの方が観ていて疲れないし、ストーリーに入り込みやすくて好きです。無理をして字幕で観ていた時期もあるのですが、字幕を追うことに夢中になってしまい、内容がおいてきぼりになってしまったという経験があります。
また、声に惚れ込むということもあります。その作中のキャラクターと声のイメージがバッチリですと、より感情移入しやすく、ストーリーに対する愛着も湧くような気がするのです。
それぞれの観るスタイルというものがありますので、自分がより楽しめる方を選べば良いですし、良い作品はどちらで観ても良いものなのかもしれませんね。

自由時間を持つ為に

好きなことをしていると、ついつい時間が経つのを忘れてしまいます。楽しい時間ほど早く過ぎると言いますが、気付くと夕方だった、ということが多々あります。
特に私の場合、本を読んでいると時間の感覚が乏しくなってしまうようで、普段より一日がスピードアップして過ぎ去っていったような気がして、損をしたような得をしたような複雑な気持ちになってしまいます。
とは言え、夢中になって取り組めることがあるということは幸せなことだとも思います。私が親しくしている友人の中には、朝から晩まで仕事、仕事、仕事の毎日で、自分の為の自由な時間が無いと嘆いている人が何人か居るので、こうして好きな本を読む時間が確保出来ているということは幸せなことなのだな、と実感しています。
それでもやはり、年々読書量は低下してしまっているようです。定期的に図書館を利用しているのですが、その記録を見てもそれが分かります。これは仕方のないことなのかもしれません。年齢を重ねる毎に社会における責任や役割というものが増えていきます。それを果たさずして自由ばかり求めるのはきっと間違いでしょう。大切なことは、いかに上手にオンとオフを使い分けることが出来るのか、ということなのかもしれません。

写真集が私に訴えてくるもの

本屋さんへ行くと、たくさんの写真集が並んでいます。時々、無性に写真集を見たくなってしまう私は、定期的に陳列されている写真集をチェックしています。
写真集と言っても様々あり、動物や海の生き物だったり、壮大な風景や日常のヒトコマ、空ばかり集めたもの、紛争地の目を覆いたくなるような痛々しいリアルな風景などなど、たくさんの写真集が存在します。それぞれ胸に訴えるものがあり、吸いつけられるような感覚を覚えることさえあります。
カメラのファインダー越しに映るモノ、ヒト、それらは常に変化していきます。風景でさえゆっくりと時を刻み、木々は数百年も生きるのです。この先もずっと同じ形を留めていられるものはなく、どこかに刹那的なものを感じさせるのが「写真集」なのではないでしょうか。
また、見る側の精神状態が変われば、それらはまったく違ったものを訴えかけてくるかもしれません。あるときは穏やかさを感じ、あるときは厳しさを感じるかもしれません。自分の置かれた状況から救ってくれることもあるだろうし、叱咤してくることもあるでしょう。同じ風景、同じ角度の写真でも、その時その時で違った感動をくれる。そういうものに出会えた時は、一生の友と巡り会えたような気持ちになれます。

本の福袋を見ました!

いつの頃からか、年末年始にはデパートの福袋が注目を浴びるようになりました。いつもの価格から大幅にお得なお値段で、商品を手に入れることができるのです。ただし、通常は中身が見えず、「だいたいこんなもの」という大雑把な説明などを頼りに購入します。何が入っているのかは、お楽しみなのです。それでも、最近はあらかじめ中身を全部公開しているものもあります。
進化し続けている福袋ですが、最近面白いものをみました。それは、本の福袋です。
「感動系」「アドベンチャー」「ミステリー」というように、ジャンルのみが記入されています。残念ながら、新刊書店では本そのものの値引きはないようですが、本好きにとってそんな中身の分からない状態での出会いはそうそうあるものではありません。他にも古本屋さん、図書館でも同じような企画があったと聞きます。特に図書館では「必ず返却をお願いいたします」という注意書きがされていたとか。確かに、販売されるイメージが強くて、貸出手続きをしても袋に入っているというだけで返却を忘れてしまいそうですね。
最も福袋に遠い商品だと思っていた本ですが、意外と他の商品同様に楽しめるということが分かりました。また、新たに本の魅力を引き出す企画がたくさん出てくればいのにな、と思っています。

冬は本にとって大敵?!

本は、基本的に少し薄い紙で本編が作られています。そのため、湿気には非常に弱いものなのではないでしょうか。
冬になると、自宅の本を収納しているスペースには暖房がありません。
必要な本をその都度取り出して、別の暖かい部屋で読むことになっています。ある時を境に、少しずつ暖かくなってくると、まずは日中の時間に気温がぐっと上がってくるわけです。そして、夕方にはまたぐっと気温が下がります。このとき、長い間冷たかった室内では、結露が起こりやすくなってしまいます。同時に、本のカバーが捲れてしまったり、ぴちっとくっついていたページがバラバラになってしまったり…。どうやら、湿気を含んでしまって変形してしまうようなのです。こうなってしまっては、なかなか元には戻りません。思い切って、除湿器を購入しようと思うのですが未だに実行できずにいます。あまり本を読み返さない私ですが、気に入った作品はできる限り手元に残しておきたいと思うものです…。
冬がやってくるたびに、こんな状況になってしまうと早く本が傷んでしまうことは予想がついてしまいます。いっそうのこと、暖房を入れて本格的に部屋を活用してしまおうか…。大切な趣味だと言いながら、決断できずにいる自分の優柔不断さにも驚いています。

枕元に本があると落ち着く理由

本を読みたいのに、読む時間がない…。本当に、時間に追われているときというのは、移動時間さえも何かをしなければならず、文庫本を持ち歩いていても、もう何日も開いていない…ということがあります。本好きにとって、こんな状態は長くは続いて欲しくないものです。文字を追うと疲れる、という人がいますが、私にとっては癒しです。ストレス発散にもつながるので、なるべく時間を見つけては活字を追う時間を作っていきたいと思っています。
そんなとき、私が活用する時間は、就寝前のちょっとした時間です。枕元に文庫本を置いておいて、寝る前のわずかな時間に開いて目を通すのです。もちろん、いくら面白い内容の本でも、少しずつしかページが進まないことがほとんどになります。ですから、ごく短い話しが詰まった短編集が一番です。読書にはなっていないかもしれませんが、せめて一日の疲れを精神的に取った状態で眠りに就きたいと思います。なかなか一冊が読み終わらない状態になりますが、たまにはこんな風に取り組んだ作品もあっていいのではないかと思うようにします。忙しい状態から抜け出すと、読んでいる途中でも続きを一気に読んでしまわないで、やっぱり枕元でだらだらと同じペースで読んでしまうのでした。

早寝早起きしっかりと

早寝早起きを心がけ、生活リズムをしっかり整えよう。特に夏休みなどの長期休暇の後、学校の先生から良く言って聞かされていたセリフです。「寝る子は育つ」を実践したような生活を続けてきた私、寝つきが良くどこでもすぐに眠れてしまい、朝は目覚ましの力を借りることなく自力でスッキリ起きるような子供でしたので、親の手を煩わせることも無かったと思います。風邪もあまりひかず、健康優良児で通してきました。
ところが今ではどうでしょう。好きな本を読んだりパソコンを開いたりしているうちに気付けばあっという間に丑三つ時を過ぎているではありませんか。睡眠時間は若い頃の約半分です。これではダメだダメだと思いつつ、生活を見直せずにいます。
当然のことですが、朝スッキリ起きることが出来ません。夏は暑いと言い訳をし、冬は寒いと理由をつけ、なかなか体を起こすことが出来ないのです。仕事をしていてもウトウトしてしまいますし、なんだか頭もボンヤリ気味。
肌も荒れやすくなりましたし、生理が乱れるということもしばしばです。このように、普段の生活に支障をきたすようではやはりいけませんね。
前向きに(?)早寝が出来るように、睡眠用のヒーリング音楽を入手してみましたので、さっそく今夜から早寝早起きに向けトレーニング開始です。

嬉しい本屋さんのオマケ

本屋さんが、ポイントカードを発行するようになりました。本はどこで購入しても値段が同じ、と思っていましたし、なぜか割引などとは縁遠い商品だと思っていたのです。けれども、ポイントカードを発行しているなんて、全国レベルのチェーン店に限られていますよね。個人や地方展開しているお店は、まだまだそんなシステムは導入されそうもありません。
けれども、私がよく通っている本屋さんでは表向きには言っていませんが、実はサービスがあったんです!たまたま、資料が必要で一度にたくさんの本を購入したことがありました。金額は5,000円以上となり、個人的にもこのお店でこの金額は珍しいなと思ったのです。すると、普通にお会計を済ませたあとに、「これよろしければお使いください」と渡されたものがありました。
それは、一本の蛍光ペンだったのです。特に説明は無かったのですが、どうやら購入金額に対するオマケなのかなと思いました。しおりやブックカバーではなく、あえて蛍光ペンというセンスが、私にはとても面白いものに思えて何だかうれしくなったのです。
その時には、特に蛍光ペンが必要ではありませんでした。しかし、もらったきっかけがとても印象深くて、ペンケースの中に入れてあります。

やっぱり猫がすき

親しい友人の家には、現在2匹の猫が居ます。どちらもメスで、先住猫がやってきた約2年後に新参猫が参入してきたということです。そのうち、先住猫はもともと警戒心が強く臆病な面があり、新参猫がやってきたしばらくの内は、加入させたことをつい後悔してしまうくらい強い拒否を見せておりました。しかしそこは猫同士の何かが通じあったのか、1週間もするころには2匹で寄り添いながら眠るように。今では、喧嘩に近いじゃれあいは毎日ありますが、うまく折り合いを付けて同居してくれているということです。
我が家に猫が居たとしても、他のお家の猫が気になってしまうのだろうなぁ…と、あれこれ妄想をしてしまいます。私は、ついつい月刊猫雑誌や写真集を見てしまうのです。そして、「あの子に似てる!」とか、「この子の方がかわいい!」とか、「こんな子が飼いたい!」とか、脳内でこれまでの猫歴を大いに振り返るのです。
自分でも猫バカだなぁと思うのですが、我が子を愛でるように我が猫を愛でている毎日に憧れます。ときにノラ猫の写真や動画を撮りまくり、携帯の容量いっぱいいっぱいに占拠していることもあるほどです。あまりに増えてしまったので、そのうち猫アルバムを作ろうかと考えています。
いつ見てもどんな格好をしていてもすべてがかわいくて仕方がない。小さきもの、弱きものが人間社会で身を守っていくための武器なのかもしれませんね。